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相撲と豆まきに共通するもの

スポーツ・体育を担当されてきた高津教授が、2014年3月をもって退任されます。一橋大学から本学にこられて、3年半という短い期間でしたが、先生の明るいお人柄と、キラキラとした知的好奇心に、学生ばかりでなく、教職員も大いに感化されました。先生は、スポーツ同好会の「高津JAPAN」を学内最大のサークルに育てあげ、学生厚生委員長としては、「学生第一」のポリシーを貫かれ、キャンパスライフ充実のために奔走してくださいました。

高津先生は、四国は松山のご出身で、こどものころは相撲が好きで、横綱をめざしていたそうです。昨年12月7日に開催された「こども学」区民公開講座では、宇和島街道沿いにある山村、旧日吉村で毎年8月に挙行されるこども相撲についてお話になりました。

こどもたちに継承されている六地蔵奉納相撲は、疫病退散を祈願したものであると同時に、農民一揆の指導者「武左衛門」の霊をなぐさめる相撲でもあったそうです。この二重性、複合性に注目することで、相撲と地域共同体とのかかわりを歴史的に掘り下げ、六地蔵奉納相撲がどのように構築されてきたかを分析したたいへん興味深い内容でした。相撲は、村人がこぞって参加する娯楽であると同時に、村の結びつきを再確認し、一体性を強める行事でもあったようです。

フィールドワークを実践する高津先生の方法は、現場に出て、自分の目で観察し、さまざまな考え方を参考にしながら,自分で考え、理論的にまとめあげていくというものです。この人類学的な方法は、保育者をめざす学生たちへのメッセージとしても強調されていました。こどもたちを、たんにかわいいというだけでなく、問題関心をもって保育の現場に出て、よく観察し、自分の頭で考えることが大切だというメッセージとして受けとめることができます。

高津先生の横綱引退興行ともいうべき今回の講演は、これまでの研究活動を凝縮した、熱のこもった最終講義となりました。高津先生のお話を伺いながら、わたくしも若いころに、大学院以来とりくんできたテーマが行き詰まったとき、人類学的手法をドイツ史研究に導入することで、あらたな方向を切り拓こうとしていたことを思いだしました。先生とわたくしは同い年なので、人類学から影響をうけたことが、ひょっとしたら時代的なもので、わたくしたちの世代に共通する体験ではなかったかと、いま考えています。

高津,葛西

お酒の飲めない高津先生は、ビールを一口飲んだだけで、真っ赤になり、あの熊と相撲をとった金太郎さんそっくりになります。右側は声楽の葛西先生。

140203宝仙寺節分会

蜜柑が勢いよく空を飛んでいます。(林隆嗣先生撮影)
三人並んだ真ん中が、幼稚園長の田苗先生。

ところで、2月3日に、宝仙寺で恒例の節分会の豆まきがおこなわれました。舞台の上から豆をまくのは、はじめての体験でしたが、幼稚園児たちが必死になって「蜜柑をください」と声をあげる姿に、ついついこちらも夢中になってしまいました。蜜柑や豆をまいているうちに、なにか熱い感情が湧きだしてくるのが感じられました。これはなんだったのでしょうか。

豆まきといえば鬼がつきものですが、人類学では、鬼は別の世界の住人で、他者を形象化したものとされています。自分たちとは別の世界に住む人びとは、よくわからない存在で、それゆえに、なにか未知の力や能力をもっているのではないか、おそろしい存在なのではないか,と想像がふくらんでゆきます。それで角が生えていて、動物のパワーをもつ鬼の姿につくり上げられていったのではないでしょうか。

有名な秋田の男鹿半島の「なまはげ」も、おそろしい鬼の姿をしています。なまはげは、夜中に家にあがりこんできて、泣いてばかりいるこどもや、怠け者を叱り、脅すのが役割です。これにたいして両親は、背中に隠れたこどもをかばい、なまはげに、わが家のこどもはけっしてそんな子ではありませんと、必死になって弁明します。そのことでこどもは親を頼もしく,またありがたく思うようになり、親子の絆が強まり、家族の結びつきが再確認されるのでしょう。

豆まきも、無病息災を祈る行事というだけでなく、鬼という共同体の他者に豆をなげ、追い払うことで、共同体の秩序を回復し,結びつきを再確認する行事といえるかもしれません。舞台の上から、幼稚園の園児や先生方が広げる袋にうまく入るように豆や蜜柑をなげているうちに、湧きだしてきた熱い感情は、宝仙学園の結びつき、一体感であったかもしれません。貴重な体験でした。

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