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平成25年度学位記授与式 学長式辞

今年はいつまでも寒い日が続き、東京でも大雪が降りました。ここ数年気象庁はじまって以来の豪雨とか、記録的な猛暑とかの言葉をよく耳にいたします。どうやら異常気象が常態化し、これまでの教科書やマニュアルでは間にあわない事態が各地で起きているかのようです。

それでも今週になって、ようやく春をおもわせる陽気となってまいりました。 昨日は、高知では桜の開花が宣言され、関東地方でも春一番が吹きました。 天も地も本学の学位授与式にあわせて、卒業生のみなさんを祝福してくれているかのようです。


ご来賓のみなさまには、たいへんお忙しいなか、ご出席くださり、どうもありがとうございます。心より御礼申し上げます。

また、この4年間、学生たちによりそい、学業を支えてくださった保護者のみなさま、本日はたいへんおめでとうございます。立派に成長し、社会に巣立とうとするお子さまたちの晴れやかな姿に、さぞ感慨深いものがあると存じます。 わたくしたち教職員一同も、みなさまと思いは同じで、今日の良き日を心からお喜び申し上げます。

そして、卒業生のみなさん。おまたせいたしました。

ご卒業おめでとう。よく頑張ってくれました。

ご来場のみなさま、卒業生の晴れの門出を祝って、ご一緒に、盛大な拍手を送りたいと思います。いかがでしょうか。


さて、本日、めでたく卒業の運びとなったのは、本学が4年制の大学として発足して2年目の、2010年に入学したみなさんです。本学の第2期生にあたります。この場にいる教職員にとって、みなさんは、大学が完成年度にむけてまだまだ試行錯誤であった時代に、一緒になって新しい大学を一から作り上げてきた仲間でもあります。

当時のことは、本日ここにご来席の池田祥子前学長先生からお伺いしていたのですが、本学に着任して、あらためてそれを実感することができました。なにより一番驚いたことは、先生がたが、それこそ土日や夏休みを返上して、実習の指導や、就職の支援に努力されていることでした。こんなに熱心で、学生たちのために一所懸命になっている先生がたは、いったい、いつ休みをとっているのだろうかと心配になったほどです。こうした先生がたの姿は、そして熱意と教育にかける情熱は、これから教育と保育にたずさわるみなさんにとって、かならずや貴重な体験として、またモデルとして思いだされるときがくる、と信じております。


ところで、わたくしは、残念ながらみなさんに授業をする機会がありませんでした。そこで、この場をかりて「最後の授業」をしたいと先ほど学部長の松原先生に相談したのですが、「それだけはやめて欲しい」とのことでした。なぜなのでしょう。

きっと式辞が終わるまでには、会場のみなさんが熟睡してしまうからでしょう。なにしろ、わたくしは授業中に学生を寝かしつける名人ですから。 しかたがありません。かわりに、わたくしがいつも授業で唱えているお題目だけを、卒業生のみなさんへの餞(はなむけ)として、紹介しておきたいと思います。


わたしが授業のたびに繰り返している問いかけとは、なぜ大学の授業には教科書がないのか、という問題です。

もちろん、教科書を用いる授業もあるのですが、大学では、すでに定まった問題だけでなく、未知の問題や、答えのない問題、簡単には解決できないような問題に、どのようにして取り組んだらよいのか、どのようなアプローチの仕方があるのかを、学生たちと一緒に考えることも重要な課題としています。

たとえば、さきほど触れましたように、異常気象の問題ひとつとっても、これまでの教科書やマニュアルでは対処できない事態がおきています。

そもそも、マニュアルにはいつも隔靴掻痒の思いがあります。肝心なときに、知りたいことが書いてないのです。わかっていることしか書いてない、マニュアル作成者が想定していないことは、調べようがないのです。それがマニュアルです。
わたくしたち教育にたずさわる者にとっては、規則や手順を守ることは、第二の天性ともなっています。そこでついついマニュアルや先例に依存してしまいがちです。


しかし、3年前の東日本大震災の時の巨大津波のことを思いだしてください。北上川の河口から4キロも遡ったところにあったある小学校は、いざというときの避難所にも指定されていたところでした。これまでのマニュアルでは、安全な所だったのです。ところが想定外の大きな津波が襲ってきました。それにくわえて予期せぬ不幸な要因が重なり、校庭に待機させていた生徒たちに、避難の指示を出す決断が遅れてしまったのです。その結果、全校児童の7割が死亡ないし、行方不明となる痛ましい事態に立ち至ってしまいました。このことは、いまでもわれわれ教職につく者に重い問いかけとして、深く記憶に刻みこまれています。


あの東日本大震災は、時代の転換を象徴していたのかもしれません。わたしたちは全地球的にも、また全世界的にも大きな変動期に遭遇し、先のみえない時代に足を踏み入れているように思われます。これまでのマニュアルが通用しなくなった時代。新たなマニュアルを作成し、改定しなければいけない時代に直面しているのではないでしょうか。


4年制の大学で学ぶということは、これまでのマニュアルを疑い、自分の頭で考え、想像力を発揮して、柔軟に物事と取り組み、マニュアルを書き換えるすべを身につけことにほかなりません。本学を卒業したみなさんに期待されているのも、そうした力です。


先月、2月27日に地域子育て支援活動の拠点として、本学4号館の401室がオープンいたしました。当日はあいにくの雨模様の天気でしたが、想定を超える多数のお子さんと保護者が参加してくださいました。おかげで、ひとつのプレイルームに、下は7か月の幼児から、上は腕白ざかりの5歳児までが一緒に遊ぶことになったのです。

佐野先生のゼミ生たちが牛乳パックと新聞紙と段ボールで制作した滑り台は、大人気でした。プレイルームは十分広くて、幼児用のスペースと児童用のスペースは引き離しておいたのですが、こどもたちはだんだん入り乱れてきます。お母さんがたも情報交換に夢中になり、こどもから目を離しがちになってきました。冷や冷やしながらも、本学の学生たちはこうした想定外の事態にどのように対処するだろうかという関心もあって、見守っていると、元気のよい5歳児たちがボールの奪い合いをはじめました。

そろそろ注意をしたほうがよいかと腰をあげかけたときでした。それまで少し離れたところで、正座してこどもたちみていたひとりの学生が、こどもたちのそばまでにじり寄ってきました。そして、いちばん騒いでいた男の子をひざの上に抱きかかえると、なにか話しかけながら、くるりと後ろをむき、ピアノを指さして、関心をそちらに向けて、騒ぎを未然に防いだのです。じつに見事でした。

大きな声で注意したり、叱ったりすることなく、臨機応変に行動し、柔軟に事態をおさめたのです。感心いたしました。状況をよく観察していて、次にどんなことが起こりうるか頭に入れておくことで、いざというときに余裕をもって行動し、機転をきかすことができるのかもしれません。


本日卒業するみなさんも、長く、厳しい実習を経験することで、こうしたスキルと機転を身につけていることと思います。


それでも一歩社会に出れば、保育の現場で、未知の人間関係や、それこそ想定外のことにつぎつぎと直面することになると思います。きっと、くじけそうになったり、行き詰まったりすることがあるかもしれません。そんなときには、ひとりで思い悩まずに、大学のことを思いだしてください。みなさんと苦楽を共にした先生がたや、キャリアサポートの教職員が、話を聞いてくれると思います。

人に話せば楽になるものです。遠慮してはいけません。


卒業生のみなさんが、保育の現場の経験や問題を、そうした形で大学に還元してくれることで、本学も新しい時代のマニュアルをつくりだせるのです。みなさん、一緒に力をあわせて「宝仙の保育」そして「保育の宝仙」の21世紀の伝統を創っていこうではありませんか。みなさんの今後の活躍を心から期待しております。

本日はどうもおめでとうございました。


最後に、わが国の児童学に新しい領域を開いた本田和子(ますこ)元お茶の水女子大学学長の言葉を引用して、この式辞を締めくくりたいと存じます。

「それではみなさん、行ってらっしゃい」

平成26年3月19日 こども教育宝仙大学長 山本 秀行

 

 

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