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両大師祭が行われました

本日、弘法大師と興教大師の御影を掲げた宝仙寺本堂において「両大師祭」が行われました。ご法楽に続いて、宝仙学園理事長、冨田道生先生からは次のようなご法話がありました。

両大師祭は、空海上人と覚鑁上人というお二人のご生誕をお祝いするための行事です。「大師」というのは死後に天皇から賜る号で、お二人はそれぞれ弘法大師、興教大師と呼ばれています。

774年6月15日に香川県(讃岐)でお生まれになった弘法大師は、遣唐使の留学生(るがくしょう)として唐に渡って密教を学び、帰国後に高野山で真言宗を開きました。高野山では今も生きていらっしゃると考えられていて、毎日お食事を運び、毎年御衣替えの儀式を行うことが続いています。奥の院に立ち並ぶ歴史上有名な方々のお墓を見ると、弘法大師が日本の歴史や文化に与えた影響の大きさを感じられます。弘法大師ゆかりの四国八十八箇所のうち、高知の足摺岬にあるお寺は、前の札所から100キロ近くもあって、三日間かけて歩いて巡礼される方もおられます。多くの方が様々な思いをもって巡礼されますが、弘法大師にたいする信仰の篤さの表れとも言えるでしょう。

一方、興教大師は、本学園創立者が深く信仰し研究した方です。興教大師は弘法大師から約300年後の平安末期の時代、1095年6月17日に佐賀県でお生まれになり、後に京都の仁和寺で真言宗を学びました。高野山では1000日を越える沈黙の修行を行い、後に和歌山県の根来寺に移ってからも真言宗の教えの整備と振興に努められました。当時、貴族の時代から武士が台頭し、浄土教が民衆に広まっていく世の中にあって、新しい時代に合わせた教えを確立した方です。

ご法話の最後に、冨田道生先生は『密厳院発露懺悔文』を紹介して、私たちが日常生活の中で気づかないうちに身につけてしまったり犯したりしている煩悩や悪のすべての罪を告白して消し除くことを願った興教大師の思いをお話しくださいました。

両大師祭

両大師祭

両大師祭

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