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研究室レター

方言とこども

葛西 健治准教授
専門
音楽(声楽)

 私の出身地は青森県青森市です。青森市で話される方言は「津軽弁」と呼ばれますが、最近ではタレントの王林さん(弘前市出身)のおしゃべりを通して、皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
私は大学進学で上京して以来、20年余り東京で暮らしていますが、いまだに津軽弁が抜けきらない…というよりも、少し意識的に(誇りを持って!)方言を直さずに生活してきました。それでも、たまに青森に帰省すると、自分の話す言葉、とくにそのイントネーションが、無意識のうちに標準語に感化されていることを感じていました。
 

 そんな私ですが、2年程前に初めて子どもを授かりました。今は日々、子育てに奮闘しているのですが、その中でふと不思議に思うことがありました。それは、我が子に話しかける時、なぜだか普段にも増して方言を使ってしまう、無意識に訛りが強く出てしまう、ということです。
 皆さんは、「マザリーズ」という言葉をご存じでしょうか。マザリーズとは、大人が乳幼児に話しかける際に自然と表れる「独特な話し方」のことです(現在では「IDS(対乳児発話)」という語も用いられます)。マザリーズには、高い声、豊かな抑揚、ゆっくりとしたテンポ、繰り返しの多用などの特徴があります。子どもたちはマザリーズで話しかけてもらうのが大好きで、その声に応えようと自身も盛んに声を出し、大人とのやり取りを楽しむようになります。

 マザリーズに見られる特徴が、子どもに向き合う大人の側に「自然と表れる」というところがポイントです。育児の最中に無意識に出てくる方言、強い訛り(豊かな抑揚)は、きっと私の中のマザリーズなんだ、と考えると、合点がいきました。

 方言で我が子に話しかける時、私は自身の幼少期を思い出します。両親や祖父母、幼稚園の先生をはじめ、周囲の大人たちが自分に注いでくれた「声による愛情」「言葉による愛情」を心の深いところで再認識し、我が子の育児を通して、それを追体験しています。

 よく考えてみると、マザリーズは非常に音楽的だと思いませんか。単なる意味伝達、情報伝達を行うための乾いた言葉、大人同士の平坦な会話とは異なり、高い声でゆっくりと、繰り返しを多用しながら、豊かな抑揚で優しく子どもに語りかける…。それはまさに、「歌」へと通じる瑞々しい声の表現、生きた言葉の表現に他ありません。
 

私にとって津軽弁は、ただの言葉、ましてや恥ずべき方言などではなく、幼少期に大人たちから注いでもらった愛情を証しする、心の歌なのです。その歌は今も私を励まし、支え続けてくれています。
温かな愛情に満ちた、生きた言葉で子どもたちに語りかけ、歌いかけることのできる、そんな保育者を一人でも多く育てていけるよう、これからも努めていきたいと思います。